好きなことを、好きなだけ。

MTG, ゲーム, 漫画など、好きなことをつれづれなるままに。1記事15分で書く。

あけまして復活しました

あけましておめでとうございます。
一年以上放置してしまいました。


先日鷲宮神社に行って今年の抱負を絵馬に書いてきました。



昨年は試行錯誤の年でした。
色々やろうとしては中途半端になってしまうことの連続。


なので、今年は方向性を見つけて突き進んで行きたいという思いを込めて、
「深くもぐる」というワードを絵馬に刻みました。


更新をすっかり忘れている間に、就職したり新しいサークル始めたりしております。
そういった情報も含めて私の趣味を総合的に発信していければと思います。

というわけで、今年は定期的に更新し趣味を深めていく所存でございます。
どこかの誰かに読んで楽しんで頂ければ幸い。


それでは今年も一年、よろしくお願い致しますm(_ _)m

喰零-零-

二年前くらいにmixi日記に書いたものを引っ張ってきてみました。
これ書いた後に漫画読んだのですが、全然テイスト違うんですね。
漫画はアニメよりコミカルで作画もぷよぷよフィーバー絵みたいな感じでした。

以下コピペ



良い鬱アニメでした。
特殊部隊が悪霊と戦うグロの多い暗めの作品。現代版陰陽師
曲はOP、ED、挿入歌とどれも良曲。
作画は12話通して綺麗でした。メカ&クリーチャーデザインは良く言えば世界観にマッチして現実的、悪く言えば平凡な感じ。
声優は主人公・神楽が茅原実里、最終話の最後の数秒だけ白石稔。あ、双子が両方若本規夫にはフイタwwwその三人以外は一人も知らなかったw


本編(漫画)以前の話。多分。
主人公の神楽が姉として慕っていた黄泉を殺め、退魔師として生きることを決意する挫折と旅立ちの物語。また、神楽の望み(自由意思)が退魔師の業(伝統主義)に敗北する物語。

物語中盤までは退魔師の家系の伝統や義務が“幸せな日常”への障害として否定的に描かれている。神楽と黄泉がその障害に打ち勝って“幸せな日常”を手にする物語かと思いきや、黄泉は次期当主の座に固執する冥との戦いで重症を負い社会的に死ぬことで(退魔師の掟を破って)殺生石の力に溺れてしまい、結果、神楽に“全て(伝統や義務)を背負って生きる”という選択をさせてしまう。黄泉は神楽に殺され、神楽の“黄泉と幸せな日常を生きる”という願いは永久に成就されなくなる。

神楽が退魔師の勤めに対して積極的な描写は最後まで無く、どうみてもバッドエンド。漫画はきっと-零-を払拭し、ハッピーエンドに向かうのだろう。今度Book-Offで揃えよう。

第九地区

やっと観ました。
ちょっとだけ考察&感想


演出も派手でしたがむしろ精神ヘドロ系でした。登場人物がいちいち欲望にまみれ、ある意味とても効率的な選択をする。一方で主人公ヴィカスの心理はブレブレで、立場による対象(エイリアン)の見え方の変わりっぷりを体現している。


映画全体としてのメッセージは「“立場”によるフィルターを取り去って主体的に行動できる大人になりましょう。」、というもののように思える。要所に挿入されるドキュメンタリー風の映像(マスコミ)はそのフィルターの象徴だと言える。


ヴィカスは最後には“立場”に関係なく、自らの経験を基に行動しエイリアンに加勢する。もう自らの社会復帰など関係無く、友人を助けるために傭兵部隊(政府)と戦う。


傭兵部隊と戦う際、ヴィカスはロボットに乗る。ロボットアニメでよく言われるように、ロボットは自己実現の象徴。しかし、昔のガンダムなどと違うのは、ロボットが“社会貢献”ではなく“個人の思い”を貫くための大人の身体として用意されている点。


この映画は旧来の“社会貢献”ではなく“個人の思い”に従って生きるという生き方を提示しているように思う。そして、個人の視点を獲得するためには、現在の立場から脱却する必要があると主張しているように思える。



メッセージとしてはもはやありふれたものだけれど、人種差別のモチーフと過激な描写に強く惹かれる作品でした。
以上、『第9地区』を視聴した感想でした。

クロノクルセイド / 森山大輔 (全8巻)

1999年から2004年までコミックドラゴン/ドラゴンエイジで連載していた退魔系漫画。

舞台は第一次大戦前後のアメリカ。悪魔に対抗するための組織、マグダラ教会に所属するシスター・ロゼットが悪魔であるクロノと契約し、力の対価として寿命を削りながら弟を探すというストーリー。
私の青春の一冊、かつ、今でも最も好きな漫画。
「お勧めの漫画は?」と聞かれたら真っ先に挙げる漫画です。



アメリカは大戦での貿易の利益によってゴールドラッシュ状態で浮かれている。しかし、その裏では何者かが暗躍している...そんな薄暗い雰囲気感。その中で各々の信念を持ったキャラクター達が道を照らし輪郭を確かめながら進んでいく。




・小さな物語/大きな物語と二つのテーマ

クロノクルセイドには、二つ大きなテーマがあります。
一つはロゼットとクロノの契約とその内容と結びついた「限られた時間」、もう一つは悪魔サイドの目指す「システムの超越」です。

物語は基本的にこの1つ目のテーマで動いていきますが、主要キャラクターごとにサブテーマがあり、主幹と並行して語られていきます。
そして、中盤まで一見別々に動いていた小さな物語同士の関係が徐々に見えるようになっていき、終盤ではこれまでの人間関係やサブテーマ、個々のイベントの総体として先述の二つのテーマが持ち上がってきます。
最終巻の収束、加速する感覚が素晴らしい!
そのドラスティックな展開に高校生の自分はやられましたw




・魅力

キャラクター、背景ともに安定した作画とシーンにしっかりくる台詞。
心情の描写と緊張感の表現。
話の構成と複線の回収。

とにかく安定感抜群です。

特に、私にとって話の構成に無駄が無いことがクロノクルセイドの“作品”としての価値を高めていて、日常系はジャ○プの一部の人気漫画のようなグダグダ感によるストレスを感じない点かと思います。
また、無駄が無いことで高い密度による満足感、よく練られた構成が生きることに繋がっています。
また、個々のキャラクターもしっかり描かれていて説得力がある。


最も印象的だったのは悪魔側の大将、アイオーンの台詞



「神も悪魔も
 誰かが考えた人を社会(システム)に縛り付ける方便だ
 そんなもんいやしねえよ」          (本編から引用)



人間ではなく悪魔の側が発したこの台詞には衝撃を受けました。
今自分が社会システムを扱う研究科にいることには何かの因果を感じてしまいますw


とくかくお勧めの作品!必読!!!

COSMONAUT / Bump of Chicken

COSMONAUT/Bump of Chicken


藤君の興味は、前作orbital periodから宇宙に向いているようです。
前作が地上から宇宙を見上げていたのに対して、今作は宇宙にいます。

cosmonaut
音節cos・mo・naut 発音記号/kάzmən`ɔːt|kˈɔz‐/
【名詞】【可算名詞】
(特に旧ソ連の)宇宙飛行士 《★【比較】 《主に米国で用いられる》 では astronaut》.


ちなみに新海誠の映画「秒速5センチメートル」の二話目のタイトルが「コスモナウト」で同名。同じ宇宙飛行士の意味のAstronautを採用しなかった理由は語感の他にコレではなかろうか。


今回も秀逸なラインナップながら、特に素晴らしいと思ったのは R.I.P、モーターサイクル、セントエルモの火 の三曲。

■R.I.P
このアルバムで一番のお気に入り。
もれなく幼少時代の思い出がフラッシュバックします。夏の雨上がりの風景とか。

しっぽのついた友達を埋めてるけど、過去作品との関連はわからないですね。可能性があるとすればKではなくガラスのブルースの方の猫。

もしくは猫は“過去作品の象徴”として思い出している。

そう考えると、身の回りの日常に魅力を感じていた過去作品と未知の物に思いを馳せる本作を繋ぐ曲ともとれる。

升先生のドラムの上達っぷりが素晴らしくてライブが心配です。


■モーターサイクル
orbital period でいう才悩人応援歌的ポジション。
こういうやさぐれ素朴に心情をさらけ出す曲は好きです。ニヒリズムの中に見える本音みたいなもの。

曲前半の客観的で一歩引いた立場から一転して、ラスサビから本音を吐露しだすところが魅せ場。

升先生のry


セントエルモの火
自分と“どこかにいる誰か”の関係はorbital periodにもあったシチュエーション。
「“誰か”を求めて進む航海でまだ見ぬ相手にどんなメッセージを送るのか」、という曲の主題は、最後の『さぁ、どんな唄歌う』という問いかけに集約されている。

セントエルモの火(セントエルモのひ、英: St Elmo's fire、独: Elmsfeuer)は、悪天候時などに船のマストの先端が発光する現象。
(wikipediaから引用)

古代ギリシアでは、船乗りの間ではセントエルモの火が二つ出現すると嵐が収まると信じられたという。
自分のマストに「火」を灯して相手の「火」を待っている。相手を見つけるためにあなたはどうする?という曲。

「未知の相手にどんなメッセージを送るのか」という主題は実際の人間関係全般にも当てはめられる、深い主題だと思う。



・総評
過去の曲と比べ、曲で表現する物語のスケールが大きくなっている。それに伴って、内容もより抽象的で一般的なものになっている。その中でもバンプの暖かさや素朴さがしっかり残っていて今後もまだまだ期待できる。今作にはもちろん満足。

あ、バンプ紅白歌合戦出場決定おめでとうございます!

進撃の巨人 / 諌山創

巷で噂の『進撃の巨人』を3巻まとめて買いました。



怪物退治系好きだし。

という訳で感想を。

◆あらすじ------------------------------------------------------

 時代設定は中世、大砲がかろうじてある世界。人類は突然現れた巨人に絶滅寸前まで追いやられ、知性の低い巨人には突破できない城壁で囲った要塞都市で暮らしていた。都市建造から100年の間城壁が破られることはなかったが、ある日城壁を超える大きさの巨人が現れ人類は一つ内側の壁まで撤退、領土を失うことになる。

                                                                                                                                  • -
  • テーマは「人間の欲深さ」

敵が人外ではなく巨“人”という設定がこの物語のテーマに直結している。

回想シーンにおいて誘拐犯に捕まったヒロインが、獲った鳥を見せて笑う父親を犯人に重ねていることから、誘拐犯と自分の関係を「狩人と獲物(≒人と家畜)」と例えていることが分かる。

この構図は巨人と人類にも当てはまる。そして、狩る側の巨人は人類から見ると理解不能な存在として気味悪く描かれている。

その気味悪さは巨人の行動原理で表されている。巨人は人口密度の高いところに突っ込んできてただただ人を喰らう。しかも巨人は本来生きるために人を殺す必要はない。城塞を突破してまで人を喰う必要がないのに、わざわざやってきて欲望に忠実に虐殺を行う。


つまり巨人は人間の欲深さ、気味悪さ、理不尽さを体現した存在として描かれている。


また、この世界では人類は巨人という共通の敵を得て一致団結しており、主人公達戦士は共同体のために命を投げ出す覚悟をしている。
しかし実際には、巨人の恐怖に狩られた人間が自己保身に走る様が繰り返し描かれている。どんなに取り繕っても結局は自己中心的な振る舞いが人間の本質であると言わんばかりに。


よって巨人を通して、また、極限状態での人の振る舞いを通して人間の本質をあぶりだそうとしているのが本作品であると思う。


GANTSやベルセルクやよくあるパニック映画の要素に中世の技術力という戦術的な制限をかけたらこうなる、という感じだが、巨人を通した人間の描写とその巨人に真っ向から挑んでいく姿勢はこの先の展開と物語の着地点を期待させる。



  • 本書の欠点は「読みにくさ」

設定やメッセージは良い。しかし一読して感じたのは読みにくさだった。

どう読みにくかったのか、まとめてみた。

・絵が粗い
 多くのレビューでマイナス評価されている要因。しかし、まだ23歳の新人と考えれば描いていくうちに持ち味になっていくのではないか。でも表情が乏しいのはいただけない。

・見せ方
 モブキャラの顔と「うわああああ」しか書いてないコマとかわざわざ描く必要ない。いちいち喋っているキャラの顔を描くことで、誰の視点で読んでいいのか分からなくなる。そういう意味で見せ方が上手くない。

・人物の描写
 キャラクターの心情描写がいまいち。というか薄い。なので全体的にフラットにな感じになってしまう。さらに見せ方との兼ね合いでいちいちモブキャラのセリフがフォーカスされる形になり、その度に「こいつ誰だっけ?」と気になってしまう。読みにくさの主要因はたぶんこれ。「すぐ死ぬけどそれなりに意味のあるキャラ」を描きたいのはなんとなくわかる。ワンピースのようにモブキャラの個性を出しつつメインとモブの描き分けが出来るようになると格段によくなるのではないかと思おう。


  • 総評

 題材と設定はとても面白いので、あとは表現力が欲しい。表現力の改善と物語の結末によっては化けるかもしれないが現状ではB級止まりな感はある。今後に期待。

とりあえず開設してみた

何の気なしに開設。


twitterでつぶやいたことをこっちでまとめたり
こっちで書いた記事をtwitterへ流したり

twitterと連携してやったら長持ちするかな。


とにかく何かアウトプットしたい。そんなブログです。